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【ほほえみのあゆみ】 |
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※1990年に現理事長田代氏の企画、河合氏著にて『配偶者を喪う時』を廣済堂出版より発行。この後、新聞、テレビで大評判を生んだ ことが設立のきっかけとなる。 |
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ほほえみの主な動き及びニュース掲載の記事 |
ミーティング・養成講座・行事・報道 |
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1991
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11月 1998
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2010 |
8.22田代理事長(当時専務理事)、元理事長河合千恵子氏を中心としてほほえみネットワーク設立 ほほえみネットワークニュース創刊号発行(奇数月発行) 9月練馬区に事務所移転 「集い」(体験を語る)始まる 板橋区大山へ事務局移転 ■小冊子『―遺された者のエッセイ集―伴侶遙けく』発行 エイボン女性文化センターより助成金授与 河合氏の要請を受け田代氏理事長に就任 ・理事長による落語家・故林家三平氏夫人の海老名香葉子氏のインタビュー記事 ・理事長と故レオナルド熊夫人、井上和子氏との対談記事 長谷川浩一氏(元青山学院大学教授)、平山正実氏(東洋英和女学院大学教授・医師)・吉澤勲氏(福祉評論家)が当会の要請に応えて顧問に就任 ・理事長による元NHKアナウンサー金子辰雄氏のインタビュー記事(のど自慢の名司会、35万人の人と共に) ・理事長による女優三崎千恵子氏のインタビュー記事 (「男はつらいよ」の寅さんのおばちゃん役、夫亡き後、仕事と共に) ・理事長によるマンガ家・故福地泡介氏夫人の千尋氏のインタビュー記事(亡き後も自然に生きて) 大阪での講演会「体験を語る」を開催 ・理事長による著名な写真家・故星野道夫氏夫人の直子氏のインタビュー記事(アラスカを撮り続けた夫の写真に話しかけて) ・理事長と河合千恵子氏の対談記事(配偶者を亡くした人の心のケアをさらに深く) ・顧問、平山正実氏の寄稿(自己実現を考える場として) ■小冊子「―死別の悲しみの癒し方―悲しみを癒すための本人と家族の処方箋」発行 ・顧問、長谷川浩一氏の寄稿(「自己受容」これがすべてのはじまり) 理事長の講演「死別の癒し方」について(「葬祭セミナー」の一環として冠婚葬祭互助協会主催・・品川プリンスホテルにて ・飯田史彦氏講演会「愛する故人とまた会える」 (台東区民会館にて) ・河合千恵子氏の寄稿(支えられた経験を生かして― 今度は支える側に) ・顧問、長谷川浩一氏の寄稿(「自己実現」の歩み―喪失を乗り越えて ・古市欣生専務理事の寄稿(あるがままに生きる) 新宿区矢来町へ事務局を移転 ■小冊子「死別の深い悲しみからのメッセージ―遺された妻・夫の手記から―」 ・毎月第3土曜日に談話室が始まる(ルノアール四谷店) ■書籍「手記にみる死別の悲しみの癒し方」佼成出版社より 顧問、吉澤勲氏の寄稿(知足の人生論―中村久子に学ぶ) ・「仏壇のはせがわ」さんが当会の後援を! ・ホームページが更に充実!(機関紙も掲載される) ・ 遺品整理のキーパーズ(株)さんより協賛をいただく(2007年9月〜2008年9月) 田代理事長の寄稿(ほほえみの本質にあるもの) ・田代理事長の寄稿(前向きに生きるヒントとして) ・ほほえみOBも各行事に参加できるようになる ほほえみネットワークニュース100号 |
・ウィドウミーティング第1回始まる ◆読売新聞でほほえみ誕生を報道
・第1回カウンセラー・電話相談 委員養成講座始まる
・第1回フレンドリーダイヤル(電話での交流)始まる ・「カウンセラー委員会」「広報委員会」「電話相談委員会」「交流の広場委員会」が発足 ・東京・大阪の「お話し会」始まる ・同好会によるミニウォークや歴史ロマンの会が発足 ・0歳から12歳の子を持つ若い親の会「ひまわりんぐ」を発足
◆読売・東京新聞に掲載 ・この頃第5回養成講座 ・この頃第35回ミーティング ・箱根にてカウンセラー委員の親睦を兼ねた研修 ◆百歳万歳・地方紙に掲載 ・この頃「カラオケ」クラブ発足 ◆読売新聞に掲載 ◆「毎日が発見」に掲載
◆NHK「生活ほっとモーニング」にて放映(電話での大反響あり!) ・ベイサイドホテル、アジュール竹芝にて忘年会 ・この頃「手芸クラブ」発足
・「自死遺族の集い」始まる ・この頃第60回ミーティング ・リライフ食事会始まる ・伊豆稲取温泉1泊2日の旅行 ◆日経新聞・婦人公論に掲載 ◆読売・朝日新聞・タウン誌掲載 ・この頃第8回養成講座 ・犬吠崎へ1泊2日の旅行 ◆プレジデント・ゆうゆうに掲載 ・銀座にてランチとカラオケの忘年会
◆「ほんとうの時代」(PHP)に掲載 ・この頃第70回ミーティング ・この頃第10回養成講座 ・第11回養成講座 |