ほほえみ
ネットワークニュース
第85号 2007年11月1日発行

 

 心癒してくれるのは、やはり人との出会いです

理事長
田代尚嗣

 50文字のショートメールからは細やかな感情の伝達は不可能です。電子メールが日常化となった今、「人と会う」ことの大切さをあらためて考えてみました。(広報)

 今日におけるEメール、Cメール(ショートメール・スカイメールとも)などに代表される電子情報の日常化は、職場や家庭、あるいは友人関係において、人間と人間が直接話すチャンスを減少させていきます。この頃では隣りの席に座っていてもパソコンやケータイでのやりとりで済ます若者もいると聞いています。
 しかしながら、このような画面上のやりとりによる文字情報だけでは真の意味でのコミュニケーションは不可能なのです。といいますのは、「人間としての感情の伝達」のためには文字情報、言語情報の寄与率は7%にすぎないという実験結果があるからです。残りの
93%は人と会って話し、声や表情、雰囲気、すなわち、非言語情報からしか伝達出来ないというのです。だから、今日における画面上のやりとりのみによる不完全なコミュニケーションのあり方はストレスを生み、心の健康を ( そこな ) っていく可能性が大なのです。
 いわゆる「ストレス」はすべからく、なんとしても吐き出さないといけません。まして、伴侶を喪うという人生最大のストレスを負った人にとっては、その心情を吐き出さなければならないことはなおさらのことです。特にこのような面では本を読んだり、雑誌・新聞を読むだけではとてもむずかしいことがわかります。
 人間は「人の間」、すなわち人と人との関係性の中で生きています。だから、話すことは聴いてもらうことを意味しています。話しを聴いてもらうことで、自分の本当の気持ちや心のあり方を伝達出来るし、聴き手も誤解することなく話し手の「本心」が理解出来るのです。

      秋の大沼国定公園(広報 池羽)

 日常生活においては、話し手は常に論理的で、合理的、現実的な内容を話しているわけではありません。自分の今の気持ち、気分、思いを話しているにすぎない場合も多いのです。少なくても数十%はそうでしょう。
 このようなことは短い文字情報、言語情報ではなかなか伝達出来ないし、相手に大いなる誤解を与えるもととなってしまうのです。
 このようなコミュニケーションによる、くいちがいは新たな「深刻なストレス」を相互に生む原因ともなっていきます。
 かつてこのような話しを会員の方から聞いたことがあります。
  「夫は昔、浮気をしたので、60歳になったこれからはうめ合わせをするね、と言ってくれた矢先に突然逝ってしまったんです。ですから、他の男性と今まで通りの結婚生活の延長をして、その人にうめ合わせをしてもらいたいんです。なんとしても!ですから、結婚相談所に行きます」
  「夫のような、なんでも相談できる男がほしいんです。このまま人生を終えるのはさびしすぎます。心ゆるせる男が欲しい。再婚はする気はないんですが、だけど私のために誠心誠意つくしてくれる男がほしいんです」
 前者は、これから夫婦だけのおだやかな老後の人生が共に迎えられると思っていたのに、それができなくなった絶望感、悔しさ、一人で生きることの切なさの感情を伝えたかったのにすぎないことだったのでしょう。後者は夫の代替になるような男への憧憬、すなわち多少の願望はあったにしても夫への追憶や恋しさを伝えたかったにすぎないと思えるのです。本当の気持ちや心のあり方は、ここで書いた文字情報と多少、あるいは大きく 乖離 ( かいり ) しているのです。このようなことは、直接会ったからこそ、その人の雰囲気、声の調子や表情、身振りからその人の真意を理解出来るのです。そうではなく、まして、短い画面上の文字情報では、文字面ししか理解出来ませんし、せいぜい多少の推測が加味されるぐらいのものです。
 人は人と人との関係のなかでしか生きられません。すなわち、人が出会い、話し、聴くことがどうしても必要なのです。「おぼしきこと言わぬは腹
( ふく ) るるわざ」(徒然草)であることは今も昔も真実なのです。
 会員の皆様方にとっては「人と会わない沈黙」は悪なのです。会員の皆様方の中には
Eメール・Cメールのやりとりをなさっておられる方も多いと思います。一面大変よいことではありますが、非言語情報こそ大切なことと心得て、出向き、人と会ってください。「目は口ほどに物を言う」ことを出来る限り実践されてはいかがでしょうか。「話す」「聴く」ことによって人は大いに癒され、新しい気付きもあることでしょう。
 沈黙の人間関係は、人間関係のほんの一部にすぎないのですから。

 

「そして、今」

Y・Y(千葉県)

 主人を亡くして悲嘆に暮れているとき、友人が鎌倉の由比ガ浜に誘ってくれました。まさに水平線に夕日が沈む時でした。その数ヶ月前、主人の希望で故郷の海に散骨したのも、同じ夕日が沈む瞬間でした。その日から由比ガ浜に行けば夕日と共に海に帰った主人に会える気がして電車に飛び乗り、浜辺に立つ日が続きました。生きていく気力も失せ、体の芯が揺れ動き、空しい日々の連続でした。
 そんな虚ろな時間が長く続いていたある日、私の故郷を知る人との出会いがありました。遺された者同士、これからの人生を独りで生きていく不安と寂しさは共通でした。二人で長い時間をかけて語り合ってきました。二人で過ごす時間の経過とともにそれまで灰色だった景色が四季折々の色を見せていることに気づいたのです。そして私は決心しました。「この人と残りの人生を共にしよう」と。
 今、二人の散歩の行く先は近くの海です。悲しみの象徴だった夕日を安堵の気持ちで眺めるようになれました。最近、あの真っ暗な闇の中から這い出すよう、そしてこれから二人が幸せになるよう応援してくれているのは、それぞれの伴侶ではないかとの思いを強くし、毎日手を合わせています

 

主人の居ない人生を生かされて

R・K(千葉県)

 主人がこの世の人でなくなって早三年近くになります。
 それは、それは、いろいろなことがありました。
 悲しいこと、辛かったこと、淋しかったこと、嬉しかったことなど…。弱虫で甘ったれで主人が居なければどうしょうもない愚妻でしたが、今ようやく一人で生きる術を身に付け、毎日が楽しいと思えるようになりました。
 主人が今ふっと帰って来たら「お前逞しくなったなー」と、びっくりすることでしょう。
 このようになれたのも子どものお陰、「ほほえみ」の友人のお陰、昔からの友達のお陰。この「お陰様」無くして、今の私は在り得ません。決して強がらず、淋しい時は淋しいと、悲しい時には悲しいと「お陰様」に委ねるのも生きる術だと思っています。
 今後、何年生かされるか知れませんが、悲しみから立ち上がれない方々の心の友になり「あなたのお陰で」と言われるよう、生きて行きたいと思うこの頃です。
 みなさん一緒に生きて行きましょうね。

 

“仲間が居るっていいことだ〜”

T・N(神奈川県)

   ほほえみに入会して知り合った人達とハイキングやグルメ・カラオケを楽しんでいます。
  
仲間は男性三人、女性四人。
  今回は伊豆「天城越え」の一泊旅行。新幹線に乗って修善寺へ。まず 独鈷 ( とっこ ) (川の中に有る)で足湯に浸かり、湯ヶ島の「天城隠れ宿」へ、巨大岩石風呂に入り、温泉の醍醐味を満喫し命の洗濯をしました。食後はトランプゲームに耽り、気がついたら深夜です。
   何年も忘れていた開放感を味わいながら宿の側を流れる狩野川のせせらぎを子守唄に眠りにつきました。翌日は「天城越え」、そして「浄蓮の滝」へ。♪舞い上がり〜揺れ落ちる〜♪ を満喫し、この感激を写真に残して帰路に着きました。
   全員怪我もなく、大満足の旅でした。仲間同士のこのようなお付き合いができることを、とても嬉しく思いました。

 

 

奥多摩にてミーティングOB

YA( 東京都 )

  樹齢数百年という椎の木ががっちりと根を張り、訪れる私たちを歓迎してくれました。生前この大樹の下で野点を楽しみ読書するのが好きだったという、この家の主人吉川英治が、にっこりと手招きして迎えてくれているようでした。
  若き日に「新平家物語」全巻を通学電車の往復だけで読破しました。その遠い日の懐かしい想い出が此処にきて甦りました。
  渓谷遊歩道を辿り、つり橋を渡ると中国の蘇州、寒山寺を模して建立されたという寒山寺があり、仲間との再会に感謝して一礼。渓流沿いの野辺の花を愛でながら歩む。
  御岳山の近くには奥多摩をこよなく愛した川合玉堂の美術館が在り、自然の中にマッチした和風の美しい建物が木の間から見える。
  食事はこの渓流を眺めながら、地酒の“澤ノ井”でキュット杯を酌み交わす。ミーティングの仲間たちはいい仲間です。
  かつて悲嘆の涙でお互いの傷を慰めあった同志のこの明るさ。これぞ“ほほえみ”のお陰と乾杯!
  ミーティングを受講していない方、或は迷っている方は是非、扉を叩いてみて下さい。同じ仲間が待っていますから

 

 

フレンドリダイヤル&メールに寄せられた声

交流の広場委員長

 今年も七〜八月の二ヶ月間、実施しました。
 終了後の会員の声です。
 送受信十回以上の方からは、大切なメール友達ができたという喜びの報告がありました。
 その他、男性は同性異性合わせて33%の方が、女性は女性同士の交流で大切な人にめぐり合えたという方が50%もおり、大半の人がこの交流で癒されたと言っています。
 しかし「一度も会ったことがないので、二度メールするには話題みつからない」という声や、せっかく申し込みながら、一度も発信しない方が13%もおりました。
 今後どうするか次回に向けて皆様の声を聞いてゆきたいと考えています。

 

ある日の談話室Bグループ

広報

 Bグループは若くして伴侶を亡くした方たち(四十〜五十代)が集っている。   ‐その中から‐
1
 子どもの心のケア(小学生)
 「子供に、妻と同じような手料理を作ってやりたい」と頑張るお父さん。
2
 友人との付き合いの変化
 「男ヤモメの処に妻の友人は来ない、来られない」など、伴侶がいない現実を実感する。
3
 夫が亡くなり、激変した生活の中で、すべて自分一人でやらなければならないという不安(女性)
 今は子育てが優先。でも、少しづつ自分自身をとりもどし、立ち直ってゆきたいとうなずきあっていました。

 

編集後記

  ( いさか ) いも想い出の一つ拾いゆかむ
 共に過ごした
( ) ( とお ) くなりて

             (広報)