ほほえみ
ネットワークニュース
第110号 2012年1月1日発行

 

移りゆく季節の中で

会長 田代尚嗣

  新たな年を迎えました。
 近頃は死別から日の浅い方々が入会されるようになりました。新年にあ
たり、今回はこのような方々の心になるべくそった、やさしい文章をお願いしました。(広報)

 新春になり、そしてまた季節は静かに移りゆきます。
 ちょうどあの春の季節に、もしかしたらもうすぐあの人との別れがあることを少しは感じてはいたけれど、そんなに恐くはなかったのでした。
 心ではどうしても到底信じられなかったからです。

 夜空を斜めに流れていく星屑に願いをかけもしました。
 こうして愛はいつでも、いつの世であっても、誰にとっても消えていくのでしょうか。あの人と過ごした人生の温もりを残して・・・。
 あなたのいないこの部屋の一つ一つのものに幸せであった頃の思い出が染み込んでいて、愛の悲しみは決して消えることはないのです。
 あなたが言ったあの時の一言一言を、どうして忘れることができるでしょう。
 あなたの言葉は私に安らぎを与えてくれると同時に、深い悲しみも与えるのです。
 こうして、私がどれくらい悲しみの涙を流せばあなたは帰ってきてくれるのでしょう。
 あなたと二人だったからこそ、雨の日も、風の日も 吹雪 ( ふぶき ) の日さえも歩むことが出来たのです。
 どうして私ひとりでそれが出来るのでしょう。
 思うがままにならないことを思うがままにしようとするとき「苦しみ」が生まれるといいますが、どうして思うがままにならないと「 ( あき ) らめる」ことができるでしょう。
 夏の日、あなたと行った港が見える横浜の丘の上の白いチャペルの鐘の音も、浮かんでいた雲の姿さえもまざまざと思い出されるのです。
 そして、あの時のバラ園に咲く無数のバラの香りが今でもハッキリとよみがえるのです。
 春の季節のように枯葉が青葉に ( よみがえ ) ることはないのでしょうか。
 そしてまた、季節は移りゆくけれど、愛のかけら、思い出のかけらを集めて、そっと抱きしめたとき、まだ残る温もりがせつないのです。
 秋になり、時の流れが静かに街路樹を染めていくように私の悲しみもうすれていくのでしょうか。
 あれから、月日はいくたびか春と秋を迎え、愛の悲しみは遠くなっていくはずなのに、あなたへの愛と思い出は時を経ていくほど深まっていくのです。
 二人の生活では、子供のようだったあなたの、その中にあった私への深い深い愛があったことも気づかずに過ごしてきたのでした。
 今となって、あなたに謝りたいことも、改めて感謝したいことも、たくさんたくさんあって、どうしても今、あなたの手をしっかりとにぎりしめたいのです。
 そして、出来ることなら、あなたともう一度向き合い、謝り、感謝し、そして本当に本当にありがとう≠ニ心から伝えたいのです。
 潮の薫りをただよわせたあなたと木もれ日の中で初めて出会ったあの頃を、もう呼びもどすことは出来ないのでしょうか。突然の雨にいそいで大きな樹の下にかくれた二人を、もしも呼びもどすことができるなら、私は何をおしむでしょう。今でも出会った頃のあなたをはっきりと見つめることができるのに・・・。
 季節は移ろい、窓辺を染める夕暮れが枯葉を赤く染め上げる頃、いつも私はあなたをさらに深く想うのです。
 秋と冬の風が眠りにつこうとする愛を、また揺り動かすのです。
 時はすべてを流し、もうもどることはないと誰が決めたのでしょう。
 私の心は揺れて波の上にあるように、とても頼りないのです。
  ( かげ ) りゆく私の命さえ、流れのままなのです
 
あなたは幻だったのでしょうか。
 求めあった二人は、うすれていく二人は幻なのでしょうか。


 

 

第十二回養成講座の報告

理事長 田中秀英

  第十二回ワークリーダー養成講座が昨年の十一月五日六日に開催され、七名の新しいワークリーダーさんが誕生しました。当初、九名の申し込みがあったのですがご事情で二名が参加できなくなりました。次回にぜひご参加いただければと思います。
 今回の受講生はみなさん非常に目的意識が高く、活発に質問をされていたのが印象的でした。講師の先生方も大変感心しておられました。

 また、傾聴やカウンセリングに対する関心の高い方も多く、すでにそのような勉強をされているメンバーもいらっしゃいました。
 かなり遠方から参加された方も多かったのですが、みなさん二日間、午前十時から午後の五時までの長い時間、本当にお疲れ様でした。
 これからミーティングや談話室等、ほほえみの行事の中で活躍していただけることを願っております。
 この養成講座の最後に「一人でも生きていける生き方」のコツ、
―生き直しの為に―と言ったテーマで文章をお願いしました。ここではお二人の文章を掲載します。   

Aさん          

主人を亡くした今、もう今までと同じ生活は送れないということを思い知らされました。それでも戻りたい戻りたいと胸のどこかで望む気持ちがあり、引き戻され進めないでいます。
 しかし、一人で生きていかねばばらない。違う人生を送らねばならない。自分の世界を作らなければ歩んで行けないと思いました。
 習い事をいっぺんに三つも始めました。無理なようであれば削除すればいいと考えて。
 また、同じ状況下の方を探してお話したり、パソコン等で読んだりしています。
 そして、心の内をノートに書き留めています。
 まだ、模索中です。立ち直っていないので、やっとそのようなこ とをやっている次第です。  

Bさん

 去年の今頃は二人で生きていました。しょっちゅうケンカもしましたが、私が落ち込んで元気がないと「どうしたの?話してごらん。」と聞いてくれました。
 それなのに、今、人生で最大の辛い時に、主人はどこにもいません。
 昨年の十二月初め、救急車で病院へ運ばれ手術も成功し、「もう命は大丈夫ですよ。」と主治医の先生から言われ、私を何十年も一人にはできないからと「どんな身体になっても、後二十年は生きるよ。」と言ってくれたのに、その四日後、突然に逝ってしまいました。
 それから十カ月間、私は一人で生きてきました。
 「こんなに頑張ったんだから、もういいでしょ!早く迎えに来て。」と主人に言っていますが、なかなか来てくれません。
 やっぱり無理なんですよね。
 わかってはいるんです。もう二度とこの世では会えないこと…。
 人間いずれは一人になるとわかってはいたけれど、こんなに早くその日が訪れるとは思ってもいませんでした。
 「主人のいない世界」なんて想像もしていませんでした。
 主人がいてくれたからこそ、仕事をしていても、友達と会っていても、好きな手芸をしていても楽しかったんですね。その土台が亡くなってしまった今、何をしていても虚しいだけです
 でも、生きていかなければならないんですよね。これから何十年も一人で…。
 それならば、何か「生きている意味」を見つけなければ、と養成講座を受けさせて頂いたり、悲嘆についての講座に行ったり、いろいろな方とお話したりと、何でもやってみようと必死になってもがいています。
 時間の経過と共に、自分がすべき事、これから生きていく上で大切な事が見えてくるのでは、と思っています。それは主人が導いてくれるのだと…。
 そして、姿はみえないけれど、「どんな時にも守ってくれる。いつも一緒。」と思って生きていこうと思います。

 お二人とも死別から何年もたっているわけではありませんが、ほほえみに最初に来られた時と比較すれば明らかな変化を感じます。もちろんまだまだ辛い気持が大きいと思います。
 それだけに、新しくほほえみに来られた方々の話をベテランのワークリーダーよりももっと身近に自分の身に置き換えながら聞くことができると思います。
 死別後、間もない方々のお話を聞いているうちに自分も思い出して涙を流してしまう事もあるかもしれません。
 でもそれでいいのです。十分に涙を流しきれば、必ず強く立ち直れます。どうか談話室等に積極的に参加してください。


さがみ湖イルミリオン 光のトンネル

「これから」

・T

 死別の苦しさ、辛さは時間と共に少しずつ薄れてきます。その一方で、一人になってしまったことによる淋しさや将来への不安、虚しさを強く感じるようになってくると思います。
 養成講座を受けられた方が習い事を三つも始めましたと書かれていたように、新しく何かを始めたり、挑戦していると言ったほほえみの会員さんが多いようです。
 以前のような生き方は望めないのですから、それまでの自分からは想像もしなかったことにチャレンジしてみるのもいいと思います。
 私が山へ登るようになったのは家内が亡くなってちょうど二年過ぎた時からです。ただし、自分では元気になっていたつもりでも、まだまだ精神的にはおかしかったのでしょう。未熟者にもかかわらず、かなり険しい山に一人で登っていました。最近同じところを訪れて、あの時よく平気で登れたなと驚くことがあります。
 でも、ひたすら山の頂上を目指し、そして無事下界に降りることだけを考えて歩いていると、気持ちが落ち着きました。
 何か新しいことを始めてみてはいかがでしょうか。何か夢中になれることがあると、虚しい気持ちも少し和らぐと思います。


さがみ湖イルミリオン 光の庭園

 

編集後記

 今年は穏やかな1年であってほしいですね。でも私には11年周期で大きな出来事が起こっています。今年は家内が亡くなってから11年になりますので、気をつけてこの1年を過ごそうと思っています。(広報)